パーソンセンタード
アプローチ
産業コーチングは、パーソンセンタード・アプローチというカウンセリングアプローチがベースとなっております。
このアプローチについて、簡単にご紹介いたします。
1.はじまり
パーソンセンタードアプローチを提唱したカール・ロジャーズは、相談者の問題に対して専門家が解決をはかることを意図して、説得や助言・指導などを行うアプローチを、古いカウンセリングだとして批判しました(1)。そうした指示的アプローチに代わる新しいアプローチとして「非指示的カウンセリング」を広めました。その後「来談者中心療法」と名を変え、今の「パーソンセンタードアプローチ」へと呼び名を改めてきました。
2.概要・特徴
パーソンセンタードアプローチは、クライエント一人一人に重きを置いて、それぞれにふさわしい形で成長していくことを目的としています(2)。
診断は不要であり(3)、知識や心理検査では、クライエントの内面は理解できないという立場にあります(4)。
また、クライエントの内面を理解していくことができるのは本人だけなので(5)、援助者がクライエントの認識を学ぶように理解する態度を重視しています(6)。
そして、表面的なテクニックに頼ってクライエントを操作するのではなく、人間の発達という性質を頼って、その性質が十分に発揮される心理的環境を築いていく条件に集中します(7)。ここでいう条件とは「一致」「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」を指しています。
こうした条件は、知的な学習によって満たすものではなく、経験的な訓練によって獲得できるものとされています(8)。たとえば、クライエントとのコミュニケーションにおいて援助者は自身の感情にもとづく発言は控えられますが、決して自己否定的に抑制するのではなく、自身の感情に気づくだけで穏やかに鎮まるよう訓練によって状態が作られています(9)。
ちなみに、この状態が「一致」であり、「無条件の肯定的配慮」や「共感的理解」を行う土台となっています。
3.パーソナリティ理論
パーソンセンタードアプローチのクライエントとの接し方の意味は、パーソナリティ理論にその根拠があります。下記に7つのポイントでご紹介いたします。
①感情にもとづく理解
人間は、他者や環境について理解する際に、体験として関わったときの自己の感情を軸にして把握していきます。この感情は、快・不快や落ち着き・興奮といった原初的な生理反応に由来する感情を指します(10)。このような感情にもとづいて価値を見いだしていくことを、生命を維持しながら活動範囲を広げていくという意味と合わせて「有機的価値づけ」と呼びます(11)。
②自己構造の形成
「有機的価値づけ」を伴いながら、体験の中で他者や物を含む環境についての感覚的理解を独自に形作っていきます。この感覚的理解を「自己概念」と呼びます。また、「自分は○○が好きなんだ」「自分は○○の感触が落ち着くんだ」などの自分自身との関係からも自己概念が形成されます。こうした多くの自己概念のまとまりを「自己構造」または「パーソナリティ(人格)」といいます。(12)
ちなみに、生命を維持しながら活動範囲を広げていく主体を有機体といいますが、この有機体は自身を維持・強化しようとする実現傾向があります。(13)
たとえば空腹により生命活動を維持するニーズが生じる傾向がそれにあたり、食事をして満足した気分が有機的価値づけにあたります。そうして「食事は満足感が得られる」というような自己概念も形成されます。また単純な実現傾向とは別に、「自分は美味しいものをたくさん知っているんだ」という自分との関わりによる自己概念が形成されれば、その自己を維持・強化しようとして「自分は食通だ」と思えるような行動を選択するかもしれません。こうした自己認識を現実化することを「自己実現」といいます。(14)
「自己構造」は他にも下記の要素によって構成されていると考えられています(15)。
-
自分の特性や能力の知覚
-
他人および環境との関係における自己についての知覚と概念
-
経験および対象に結びついたものとして知覚される価値の性質
-
ポジティブなまたはネガティブな誘意性 (valence) をもつものとして知覚される目標や理想など。
③自分を大切に想うことができる力
人間は成長していくなかで、養育者や重要だと思える社会的他者との関わりによって、大切にされていると感じられる安心感や悦びを伴う体験を重ねていきます。
この感情体験から学習したポジティブさを「肯定的な配慮」といいます(16)。この「肯定的な配慮」に満足を得ていく経験を通して、他者がいなくても自身の中で「肯定的な配慮」を与えることができるようになっていきます。これを「肯定的な自己配慮」と呼びます(17)。
つまり、自律的に自分を大切に想うことができる健全な自己愛と言い換えることもできます。
④条件付きで大切にされること
「肯定的な配慮」に満足を得ることが少ない場合、それを求める欲求が生じてきます(18)。その際に、あるときには大切にされ、あるときには大切にされないというような重要な他者が肯定的配慮を条件付きで与えることによって、「価値の条件」が自己構造の特徴として発達していきます(19)。
⑤「価値の条件」にもとづく自己概念
自己構造にみられる「価値の条件」は、自身の経験していることが大切にされるに値するか値しないかを識別することに用いられるようになります。そして次第に「価値の条件」に従って大切にされるに値するような自己概念が形成され、自己構造に統合されます。
これはたとえば、言うことを聞かないと怒る、というような関わり方を重要な他者としての保護者がしたときに、それを受け取った子供の理解から「大切に関わってもらうために言いなりになる」という自己概念が形成された場合、自己構造に「価値の条件」が形成されたということになります(20)。
⑥防衛が役立つとき
「価値の条件」にもとづく自己概念が形成されて以降、それまでにもあった有機的価値づけからくる反応を経験した際に、その反応の内容が「価値の条件」と食い違う場合、自己構造に矛盾が生じることによる崩壊の脅威にさらされます。このときに心理的防衛が必要となります。これは主に、有機的価値づけを経験していないことにする「否認」や、別の経験内容にすり替える「歪曲」を指しています。「歪曲」は、他者や環境からの刺激によって、自身の有機的価値づけやそれに関連する自己概念が、意識にあがってくる可能性がある場合にも生じ、刺激についての内容そのものを別の内容にすり替えることをいいます(21)。
こうした心理的防衛によって、自己構造の崩壊を回避し、有機的価値づけをなかったことにして、社会的に身につけた「価値の条件」などが関係する自己概念が優先されていきます。
⑦「価値の条件」から自由になる
矛盾が生じない自己構造の領域もあります。そしてこの領域は、広げていくことができ、それを「自己構造の拡大」または「パーソナリティの発達」と呼びます。「価値の条件」にもとづく自己概念は、有機的価値づけにもとづいてとらえ直すことで、自己構造全体として調和がとれる状態にいたります(22)。このようにとらえ直して自己構造に変化が起きることを「自己の再体制化」といいます。また、今まで「価値の条件」に反していたために、なかったことになっていた自身の有機的価値づけを受け入れられることを「自己受容」といいます。
以上のように、人間は社会的な関わりから得られた概念を、自身の尊厳を維持しながら自己概念として統合し成長していくことができるといえます(23)。
4.アプローチについて
パーソンセンタードアプローチは、クライエントが現在意識している内容を、その感じ方や評価の仕方さえもクライエントの感情に従って理解する姿勢を重視しています。理解を構築し続けるプロセスの中で今現在受け取っている感覚を確認の意味もこめて伝え返します。こうした姿勢で理解を進める方法を、ロジャーズは「感情の反射」や「受け取りのチェック」と呼びました(24)。
この方法をとる際には、クライエントの感情を取り入れるため、援助者は心理的防衛が最小限になっている必要が出てきます(25)。
なぜなら上記の『パーソナリティ理論』で紹介した通り、防衛には自己構造の矛盾が意識にあがってしまいそうになる他者の言動や出来事といった刺激に対しても生じる「歪曲」があり、これを使った防衛によってクライエントの言動に対するネガティブな評価が起きる可能性があるためです。援助者は日頃の自己の再体制化に加え、防衛が起きていることに肯定的に気づくことでそれを最小限にします。これを「一致/自己一致」と呼んでいます。
この肯定的な態度は、自然とクライエントにも向けられ「無条件の肯定的な配慮」として機能し、クライエントも防衛が最小限になっていくことをサポートしています(26)。
以上のような理解の姿勢がパーソンセンタードアプローチのメインの技法であり、クライエントがさまざまな感情を受容できる心理的環境の中で、自己の再体制化=パーソナリティの発達にいたるよう支援提供しています。
5.アプローチが目指すところ
◼️十分に機能する
ロジャーズは、最適な心理的適応状態や心理的に成熟した状態、都度自身の体験したことを拒絶せずに十分に開かれている状態と定義できる特徴を「十分に機能する人間(fully functioning person) 」と呼んでいます。
こうした特徴を作り出す条件として、重要な他者との関係で無条件の肯定的配慮を体験し、自分自身について感情移入しながら把握して、それを重要な他者に伝えてもなお無条件の肯定的配慮を感じられるプロセスにおいて、次第に自身の有機的価値付けに信頼の根拠がおけるようになることを挙げました(27)。
この根拠の置き方は、自身の基準を他人の態度や願望にもとづいたものではなく、自分自身の経験にもとづくものとしていくことを指します。このように基準を置けることで、自身の有機的価値づけを否定する必要がないことから、認識事実を歪めたりなかったことにする必要性もなく、そのまま新しい認識を受け入れて自己概念化していくことができます(28)。
これは他者を認識する際にも同様のことが起こり、歪めたり否定することなく新たな理解を形作ります。
以上のように、歪めずに理解を増やしていけることから、効果的に問題を解決していきやすいという傾向も生じてきます。
◼️行動変容について
行動選択は、自己概念と一致したものにしようとする傾向があるため、自己概念が変化すると、行動もそれに伴って変化すると考えられています(29)。
この自己概念が変化する際に、自身の有機的価値づけに根拠を置くことから、そこから生起する行動は、自分らしさを感じられるものになります。そして自分らしくないと感じる行動が減少していきます。
以上のことから、自身の行動はよりいっそう自身のコントロール下にあると感じられ、他者からはいっそう社会的かつ成熟したように感じられます。
参考文献
(1)Rogers.C. R,1942,Counseling and Psychotherapy. Houghton Miffl in.末武康弘・保坂 亨・諸富祥彦(共訳),2005,カウンセリングと心理療法,ロジャーズ主要著作集第 1 巻,岩崎学術出版社,p24
(2)Rogers.C. R,1942,Counseling and Psychotherapy. Houghton Miffl in.末武康弘・保坂 亨・諸富祥彦(共訳),2005,カウンセリングと心理療法,ロジャーズ主要著作集第 1 巻,岩崎学術出版社,p17
(3)Rogers.C.R,1951,Client-Centered Therapy,Houghton Miffl in.保坂亨,諸富祥彦,末武康弘(共訳),2005,クライアント中心療法,ロジャーズ主要著作集第 2 巻,岩崎学術出版社,p216
(4)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p207-210
(5)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p92-97
(6)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p107-111
(7)Rogers,C.伊東博(編訳)1966,ロージァズ全集4,サイコセラピィの過程,岩崎学術出版社,p46-54
(8)Rogers,C.伊東博(編訳)1966,ロージァズ全集4,サイコセラピィの過程,岩崎学術出版社,p134
(9)Rogers,C.伊東博(編訳)1966,ロージァズ全集4,サイコセラピィの過程,岩崎学術出版社,p52
(10)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p106(パースナリティと行動についての一理論“19箇条の命題”)
(11)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p113-115
(12)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p114(パースナリティと行動についての一理論“19箇条の命題”)
(13)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,P225-227(パースナリティ理論)
(14)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p182-184(構成概念の定義)
(15)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p43
(16)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,P228-229(パースナリティ理論)
(17)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p204(構成概念の定義)
(18)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,P228(パースナリティ理論)
(19)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p229
(20)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,P232(パースナリティ理論)
(21)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p233-235(パースナリティと行動についての一理論“19箇条の命題”)
(22)Rogers,C.,伊東博(編訳),1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p179
(23)Rogers,C.,伊東博(編訳),1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p145-148
(24)諸富祥彦,1997,カール・ロジャーズ入門-自分が“自分”になるということ,コスモ・ライブラリー,p225
(25)カーシェンバウム&ヘンダーソン(編)伊東博(編訳),2001,セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件,ロジャーズ選集上,誠信書房,p270-271
(26)Rogers.C,1966,伊藤博(編訳)1967,ロージァズ全集15クライエント中心療法の最近の発展,岩崎学術出版社,p50
(27)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p243
(28)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p244
(29)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p212