産業コーチについて
共感的理解を形成するための素地となる心理状態がこの自己一致であり、自身とクライエントを分けることができる状態ともいえます。これによって、産業コーチは自分の価値基準でクライエントを評価することなく、目の前のクライエントの価値基準さえ純粋に学びとり、ご自身をどのように感じているのかについても、理解を形作っていきます。
自己一致に基づく理解の仕方だからこそ、産業コーチは世界で唯一の存在としてのクライエントを、そのまま認識することができ、その理解内容は共感的理解にまで発展していけるのです。
このような対話のあり方は、コミュニケーションを増大させていくといわれ、そこで築かれる信頼関係によって、クライエントは安心感を感じられる分、内省が深まり、心理的成長や豊かな創造性へと至りやすくなっていきます。
自己一致は、他にも〈見立て〉〈事例研究〉を行うための重要な土台にもなります。
上記の「自己一致している」にもあったように、自身とクライエントを分けて理解を形作っていける状態により、産業コーチはクライエント像を築いていくことができます。これを見立てといいます。
この見立ては、その都度産業コーチがクライエント理解を進めた時点での仮説となります。つまり、新たなクライエント理解があるごとに、この仮説を検証し、修正・発展させていくことになります。
このような作業によって、偏りのないクライエント理解を進め、精度の高い仮説にしていきます。
この見立ては、次のセッションの参考になるだけではなく、そのクライエントがどのような状態にあり、どのような成長の方向性・傾向を示しているのかを把握するために用いられます。このような状態理解と方向性・成長傾向を、セッションでは支援のリソースにしていくことになります。
また、クライエント理解に基づき、セッション提供をするメリット・デメリットを見立てることもできます。
現代の日本では、なんらかの精神疾患等にかかる方は多くいます。そうした精神疾患を見逃したままセッション提供をすることで、クライエントの心理状態が極度に不安定になることがあります。こうした事態に対処しケアするためにも、見立ては欠かせません。また、見立てに基づき、心の問題の専門家を紹介したり、精神科受診を勧めることができます。
産業コーチは、どのようなクライエントであっても、問題のある人物という評価をすることはありません。その個人が自身の生まれ持った気質と、育っていく環境に適応していく中で発達させたパーソナリティを、生存と成長のために形成されたものとして尊重し、心理的葛藤や現状の障壁は、そのパーソナリティに新たな拡大を必要としているために表れる現象と捉えています。
つまり、目の前の世界で唯一の存在であるクライエントに必要な成長の形は、その本人独自の形で築かれるということになります。
従って、クライエントへの成長支援は、多くの人に当てはまるような助言・指導よりも、受容的態度に基づくクライエント理解に重きが置かれます。これによって、徐々にクライエントの内面に投影される安心感によって、脅威を感じていたことにも落ち着いて内省することができ、パーソナリティの拡大に至るような自己受容へと発展していきます。
パーソナリティは、解決を考えたり行動選択をする上での基準となっていることから、自己受容の分、それまで問題と認識していた事柄にも、主体的かつ建設的な状況認識と行動選択が図れるようになります。
このようにして、産業コーチの「心の成長の専門家」としての役割が果たされていきます。
事例研究は、概念化や効果を研究するケーススタディと、実際に起きていることを事例化するケースレポートに分けることができます。産業コーチは、特にケースレポートに重きを置いています。記録を作成できることによって、この世でたった一人の存在であるクライエントについての理解を継続的に行い、その人にとっての成長を明確に支援することを目指します。
これまでご紹介した〈自己一致〉には、自身を落ち着いて感じとれるようなメンタルヘルスが重要になります。そのため、メンタルヘルスをいつでも調整できるような技能を身につけている必要があります。この意味でのセルフコントロールの技能には、生理学的エビデンスを持つ呼吸法や、自律訓練法などがあります。産業コーチは訓練の中で身につけたセルフコントロールを、専門家として日々活用し研鑽していくことになります。